ブラックアウト



5年前の9月5日、北海道は闇の中にあった。

胆振東部地震

まだ夜も明けきらない午前3時7分。激しい地震が胆振地方を襲った。
地震の規模はおよそマグニチュード6.7、最大震度は厚真町という町で7を記録した。
160km以上離れた私の居住地でも揺れを感じた。

当時は、母と同居していたので、まずは灯りとテレビを付け状況を把握。母の元へと急いだ。

「地震だって。大きかったみたいだよ。家はなんともないし、このあたりは被害なさそうだね。」なんて話をしていたら、テレビが消えた。信号も街灯も、もちろん家の電気も。きっと、送電線に異常があって止まったんだね。すぐにつくよ。ぐらいな話をしていたがなかなか復旧しない。
母がいつも付けていたラジオから、地震の情報が流れ続けている。
テレビはつかないけど、ワンセグなら見られるかもと、車に乗りスイッチを入れた。
次の瞬間映し出されたのは、大都市札幌の様子だった。ススキノのネオンが消え、歩道ではスマホの明かりを頼りに歩く人々。函館も旭川も釧路も稚内も、暗闇の中にあった。
白々と夜が明ける頃、状況はさらにひどくなっていった。

ブラックアウト

ただの停電ではなく、北海道電力が供給している地域すべてで電力がたたれたのだ。

エリア全域の大規模停電は日本で初めてのことらしく、後に検証委員会が立ち上がり原因究明と検証が行われた。

この世の中、電力がないと何もできないことを痛感した。
うちはIHヒーターなので調理ができなかったが、幸いカセットコンロがあったのでなんとかしのげた。
とりあえず会社に出勤したが、パソコンが使えないので何もできない。非常灯しかついていない社内。トイレも窓がないので暗い。
テレビがつかないから状況もわからないので、ワンセグが見られる私のタブレットを付けっぱなしにしておいた。

近所の商店のおっちゃんが、冷凍庫にあったアイスをレジかごに詰めて持ってきた。「溶けちゃうから、よかったら食ってけれや。」うれしいサプライズ。

秋の夕暮れは早く、家に帰っても手探り。LEDライトにコップの水を当てて光を拡散し母の部屋へ置く。懐中電灯は枕元に置き、夜中トイレに起きた時用に。
私はスマホの灯りでなんとかなるが、多くの人がそうだったように、バッテリー切れになりそうになっていた。

ニュースでは、自家発電を持っている所や公共施設では争うように充電のコンセントを奪い合っていた。

ブラックアウトを経験したことで多くの道民の防災に対する意識が変わった。

車には前にも増してガソリンは満タンにするし、発電機を準備したり、ソーラー発電のラジオやテレビ、灯りを準備している。
私もとりあえずモバイルバッテリーを2個準備し、車用の充電ケーブルも買った。
情報が入らなければ不安はつきないが、情報があれば、対処もできる。

「備えあれば憂いなし」とはよく言ったものだ。





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